商品となるダチョウ

―オーストリッチの作られ方―

写真・文/パオロ・マルチェッティ

Photo and Text by  Paolo MARCHETTI

丸い身体からすくっと伸びる細長い首。気品ある小さな顔は、どことなく愛嬌を持つ。このダチョウの革(オーストリッチレザー)は今、世界中でバッグや靴などのファッションや小物、車の内装などに使われている。タイ北部のこのダチョウ工場のオーストリッチレザーは、主に日本やイタリアに輸出されている。

 タイのバンコクにほど近いラーチャブリー県にあるマライ牧場で、革産業のために繁殖させられているダチョウ。写真は全てタイ・ラーチャブリー県、2015年

タイのバンコクにほど近いラーチャブリー県にあるマライ牧場で、革産業のために繁殖させられているダチョウ。写真は全てタイ・ラーチャブリー県、2015年

 

「高級品」とされる

オーストリッチレザー

近年、ダチョウの革(オーストリッチレザー)の需要が急拡大し、高級ファッション界で利用される動物のトップグループに押し上げられている。

オーストリッチレザーは、ファッション業界の中では、ワニ革や一部の蛇革と肩を並べ、「世界最高の皮革」とされている。最大の特徴は、ダチョウの背中の限られた範囲だけに見られる毛穴の模様。これが一定の層から「最も価値のある部分」だとして人気を集めているという。そしてその特徴的な模様は、その形から「オーストリッチ・ダイヤモンド」とも呼ばれている。

ダチョウの飼育が革ビジネスのために確立されたのは20世紀の半ば。1 85 0年頃に世界初の生産牧場が南アフリカ共和国で誕生したことに始まる。しかし、この新業種は早い段階で頓挫したうえ、第一次世界大戦の勃発で息の根を止められた。その後は長らくは飼育が止まったままだったが、1945年頃から風向きが変わり始める。

1947年、南アフリカ共和国の南部西ケープ州クラインカルー地方で、牧場主たちが「クラインカルー協同組合」を設立した。彼らが革ビジネス再建に向けて取り組み、ダチョウの飼育を拡大し、飼育方法や製造技術などの改善を重ね、1970年、いよいよ今に繋がるオーストリッチレザー産業が息を吹き返した。

そして80年代半ばには南アフリカ以外の国に生産牧場ができた。このころ、米国ではオーストリッチ製のカウボーイブーツが人気になっていた。その需要に追いつくために、牧場や工場が次々と作られたのだ。今では様々な国にダチョウの生産牧場がある。イタリアで大規模に飼育されているほか、フランスやスペイン、英国でも飼育が盛んだ。タイなど南アジアでも新市場が急成長している。

オーストリッチレザーの「お得意先」はどこか。主な輸入国は、ファッション産業の盛んなフランス、イタリア、ドイツ。そして米国、日本だ。ハイファッションブランドとして多くのファンを持つエルメス、イヴ・サンローラン、プラダ、グッチなどといった多くのブランドが、毎年この革で莫大な利益を上げている。それはそうだ、財布や小さなバッグでも5万円や50万円は当たり前、ジャケットなら目が回るような値段なのだから。

オーストリッチレザーに目がないのはファッション業界だけではない。今や自動車業界もこのレザーに着目し、自社の車の内装デザインに取り入れている。ヨーロッパでは、車のシートや操作パネルにオーストリッチレザーを張った車が根強い人気だという。さらにに、2008年頃からはスポーツ用品にも使われだしている。例えば南アフリカ共和国でワールドカップが開催された2010年には、スポーツブランドのプーマがオーストリッチレザーを使ったサッカーシューズのシリーズを発売した。デザイナーたちは、ダチョウの足の皮まで使った商品を生み出し、ダチョウの卵の殻が、照明などの装飾に使われたりもした。

作業員に捕獲され、目 隠しをされ、小さなトラックに乗せられるダチョウ。と畜場に運ばれる。
作業員に捕獲され、目隠しをされ、小さなトラックに乗せられるダチョウ。と畜場に運ばれる。
解体の前に消毒液をかけられるダチョウ。採取した皮をなめし工場に送るために、消毒が必須とされている。
解体の前に消毒液をかけられるダチョウ。採取した皮をなめし工場に送るために、消毒が必須とされている。
羽をむしられ、皮を剥がされるダチョウ。皮はこの後、近くのなめし工場に運ばれる。
羽をむしられ、皮を剥がされるダチョウ。皮はこの後、近くのなめし工場に運ばれる。

 

公平の象徴とされた

ダチョウ

もともとダチョウはアフリカの固有種で、成鳥は体高250センチ、体重は平均150キロに達する。現存する世界最大の鳥だが、飛ぶことはできない。その代わり並はずれた脚力を持ち、一歩で4~5メートル進むこともあり、時速50キロで15分間も休みなく走ることができる。

ダチョウの起原は4000万~5 00 0万年前の始新世に遡る。歴史的にも人類と深い繫がりを持つ。古代エジプトや古代ローマの時代には家畜化されていたと見られ、同時に、凱旋する馬車について歩く姿が壁画に描かれている。また、ダチョウは何世紀もの間、尊敬の対象として高い地位を得ていた。古代エジプトでは正義を司る女神マアトの頭上を羽で飾り、ダチョウの羽はすべて同じ長さであることから公平の象徴とされた。

十字軍も、当時多数のダチョウが生息していた中東から凱旋するときには、強さと男らしさの象徴としてダチョウの羽を兜に飾ったという。

 

タイの

ダチョウ工場

ここに掲載する写真はすべてタイのマライ牧場で撮影した。タイ北部、首都バンコクにもほど近い場所にあるここは、オーストリッチレザーのためのダチョウを育て、交配させる牧場と、さらに、革を採るための工場を持つ。創業は1999年、タイでは5本の指に入る大牧場で、飼育数は3000羽に近い。

卵から孵(かえ)りやがて成長したダチョウは、作業員数人がかりで捕獲され、と畜され、羽をむしられる。その後「商品」となる皮を慎重に剥がされ、不要な部分は処分される。

主な販路はイタリアと日本への輸出だったが、近年、タイ国内の需要も急増したため生産が追いつかず、輸出の分が無くなりかけているという。

オーストリッチレザーは人々の欲望をそそる商品に作り替えられ、きらびやかな世界で重宝される。しかしその革がどうやって採られるのか、人々はどのぐらい知っているだろうか。今日も生産牧場では、人々の贅沢品のために差し出されるための、新しい命が誕生させられている。  (加藤しをり)

 

ねめし工場の内部。
ねめし工場の内部。
なめし工場の一角で、男性ができあがったオーストリッチレザーで靴を作っている。
なめし工場の一角で、男性ができあがったオーストリッチレザーで靴を作っている。
ダチョウ農場で生まれたひなたち。
ダチョウ農場で生まれたひなたち。

 

パオロ・マルチェッティ

1974年イタリア・ローマ生まれ。ゲッティ・イメージズ所属。エスプレッソ、ヴァニティ・フェア、マリー・クレール等掲載多数。難民問題や商品になる動物の取材などを続け、「ワニ革の作られ方」「ミンク毛皮商品の作られ方」のシリーズ(2015年4月号掲載)で2015年世界報道写真コンテスト「ネイチャー」部門3位受賞。ほか受賞多数。