シベリア ネネツ人 遊牧民
撮影者:ファブリス・ディミエ(LIBRE ARBITRE)

ネネツ人の遊牧民、セルゲイが双眼鏡で自分の鹿の群がどこにいるのかを確認している。群はキャンプから数マイルも離れ、散らばってしまっていることもある。その地域の地衣類(菌と藻の共生体)が食べ尽くされているのを見つけたら、すぐにキャンプを畳んで、3、40キロほど北へ移動する必要がある。

ロシア連邦の極北地方、ヤマロ・ネネツ自治管区の北部にあるネネツ人のテリトリー。4万人のネネツ人が77万平方キロメートルのテリトリーに暮らしている。そのうち7千人が遊牧民と推定される。

ネネツ人のアリアが、夜に備えて火口となる枝を切っている。彼女たちの仕事は、小さな樺の木や灌木から、木や枝を集めること。森はキャンプから数千キロも離れていることがあるので、これらは貴重な必需品だ。

ネネツ人の遊牧民、セルゲイが投げ縄でトナカイを捕まえようとしている。前日から彼は、トナカイの周囲に木片をつなげた紐を置いて、その逃げ足が遅くなるように仕掛けておいた。

トナカイを屠殺したあと、肉のおいしい部分を生のまま家族で分け合って食べる。血は温かいうちに飲むが、そうすれば殺したトナカイの力を獲得できると信じている。

ネネツ人の少女。ネネツ人とは西シベリア、ロシア連邦の極北地方の先住民で、現在、ヤマロ・ネネツ自治管区のあるオビ川・エニセイ川流域に住んでいたが、東側に移動した人々もいた。西側のネネツ人は13世紀に、東側のネネツ人は17世紀初頭にロシアの支配下に入った。

ヤマロ・ネネツ自治管区の北部にあるネネツ人のテリトリーで、一週前に凍った湖に仕掛けた網を引き上げる家族。鹿の肉と同様、魚は遊牧民にとって貴重な食物だ。凍ったまま切り身にして生で食べるか、茹でてから食べる。

日が暮れる前に、夜に備えて枝を集めるネネツ人の女性。

ヤマロ・ネネツ自治管区の西部にある、遊牧民のテント式住居。テリトリー内のこの周辺は、ほとんど木が生えていない。ネネツ人の多くは急速に定住型へと生活様式を変えつつある。

ヤマロ・ネネツ自治管区の南部で、遊牧民が移動の途中で休憩をとっている。

キャンプ設営する遊牧民の家族。チュムと呼ばれるテントは、ネイティブ・アメリカンのテントのように円錐型に作り、トナカイの皮で覆う。木の板を敷いて雪を避け、中央には炉を据える。

産気づいた妊娠9か月のウリアナは、ツンドラにある彼女のチュムから医療航空サービスを呼んだ。大型ヘリコプターで病院に搬送してもらうことになったが、病院までの3時間の道中は長過ぎた。彼女は機内で元気な赤子を出産した。医療関係者が3人同乗していたのが、幸いだった。

産気づいた妊娠9か月のウリアナは、ツンドラにある彼女のチュムから医療航空サービスを呼んだ。大型ヘリコプターで病院に搬送してもらうことになったが、病院までの3時間の道中は長過ぎた。彼女は機内で元気な赤子を出産した。医療関係者が3人同乗していたのが、幸いだった。

ネネツ人の遊牧民の隊列が、それぞれの家畜の群を連れて、南部の森と北部のツンドラとの間の道をゆっくりと移動してゆく。