緊急特集!
『福島の健康管理を仕切る、10人の「専門家」』
文・広河隆一(本誌発行人)
1.被害者の側に立たない人に
未来を任せてはいけない
座長の一存で
ボールは県に投げられた?
現在、原発事故の問題では、いくつもの専門家委員会が存在する。それらが作られる時、どこかで委員が選ばれ、座長が決められる。その時点で、この委員会はどのような結果を出すためのものか方向が決まる。
私は福島の「県民健康調査」検討委員会(注)を何度も取材した。2016年12月に開かれた第25回検討委員会では、座長を務める星北斗氏(福島県医師会副会長)が「個人的な提案です」と言って、外部に第三者的、国際的、中立的な機関が必要だと意見を求めた。それを聞いて胸騒ぎがした。彼はいったい何をしようとしているのだろう。
この検討委員会の第1回検討会は、11年5月27日に開催され、その座長には山下俊一長崎大教授(現副学長)が選ばれた。それに先んじて11年3月19日に、彼は佐藤雄平福島県知事の要請で、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーに、長崎大の高村昇氏とともに就任した。彼らが選ばれた経緯については、よく分からない。
さらに、環境省の「第1回東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議(以降・専門家会議)」が13年11月から開催され、その座長には山下氏の師匠にあたる故・長瀧重信氏(当時長崎大名誉教授、 元放射線影響研究所理事長、詳細は38ページ参照)が選ばれている。長瀧氏はチェルノブイリ原発事故の後に、世界中の学者の中で最後までチェルノブイリの小児甲状腺がんが放射能によるものではないと言い続け、この方向のリーダーだった人物だ。
彼は昨年11月に亡くなったが、この専門家会議では、福島原発事故の放射能の影響による小児甲状腺がんの多発は無いと言い続けた。専門家会議は第14回まで開催され、中間とりまとめが出された。彼が座長になったということは、この委員会に彼の弟子筋や、同じ考えの人間が何人も入っているということを意味する。
さらに言えば、長瀧氏の先生筋に当たるのが、故・重松逸造氏だ。彼は国際原子力機関(IAEA)傘下の国際諮問委員会(IAC)の委員長として、チェルノブイリ事故の被災地を調べ、その結果として1991年、「子どもたちに甲状腺の結節は見当たらない」「甲状腺がんの顕著な増加は認められない」と発表した。広島の放影研の理事長をしていた彼は、後任に長瀧氏を迎えている。この研究所の前身は広島・長崎で原爆被爆者の研究をおこない、「ケロイドと原爆の放射能は関係ない」と言い続けたABCC(原爆傷害調査委員会)だ。
だから人事が問題なのだ。メンバーが決まってしまってから何かを期待することは非常に難しい。
そう考えると、山下俊一氏の後任として星氏が「県民健康調査」検討委員会の座長につき、彼が2016年末に中立的、国際的、第三者的な機関の新設をと発言したことの重さが想像できると思う。
ひとりの委員が、科学的判断を下す機関と政策決定機関はお互いに独立すべきという意見を出し、他の委員は放影研では第三者による科学的諮問機関を設けていると述べた。これだけで星氏は検討委員会のコンセンサスを得られたと判断できるのだろうか。急に提出された第三者的、国際的……の言葉を聞き直す委員、現在一時中断している甲状腺専門部会にそうした人を呼ぶことは考えないのかと述べた委員もいた。他の委員は沈黙していた。
今の委員会の中には甲状腺検査を縮小すべきでないと主張し、「住民側」に立つ良心的な人もいる。だからこの委員会も、必ずしも一つの方向にレールが敷かれているわけではない。それを苦々しく思う勢力が、もっと自分たちの思うとおりに進めたいと考えたとしても不思議はない。想像だが、重松氏、その弟子の長瀧氏、さらにその弟子の山下氏という流れの中で、彼らに与えられた課題と役割があり、それを果たすべく、彼らは今に繋がっている。その役割を遂行しようとしても、現在の検討委員会では思うようにいかないと考えた人々が、次の体制をつくるべく、新しい第三者機関の案を出したと考えるのは、うがち過ぎだろうか。

国と県と検討委員会の
出来レースか?
重松氏、長瀧氏、山下氏とはどのような人物か。チェルノブイリで重松氏が現地調査をしたころには、小児甲状腺がんの多発はすでに始まっていた。彼は事態を見誤っていたと現地の医師も言っている。長瀧氏は福島原発事故が起こった1か月後に、政府官邸のホームページで、安全を強調し、そして多発は無いと言い続けた。しかし福島で多発していることを疑う人は今では少ない。さらに山下氏は、甲状腺の専門学者として、事故後の子どもたちを守る方法を知らないはずは無かった。最も責任あるのが、ヨウ素剤の配布を進めなかったことだ。彼は2011年3月18日の福島県立医科大で、ヨウ素剤は必要ないと断言している。彼が主査を務めたヨウ素剤検討会は副作用を強調したこともある。しかし事故前の検討会では専門家たちからヨウ素剤の副作用はほとんどないという意見が出ていた。
ここまで言うと、福島事故の後に選ばれるべき委員は、国や県が選んだ、長瀧氏や山下氏やそのグループではなく、むしろ彼らの誤りを前からきちんと指摘し続けていた学者であることははっきりしている。自らの誤りを反省しない人が、福島事故の被害を受けた人々の健康管理に関わっていいはずはない。 まして座長に選んでいいはずはない。そのような人々は、国際的でもなければ、中立的でもなく、まして人々の健康を守るには最もふさわしくない人であると判断すべきではないか?
星座長は「ボールはもうすでに県に投げた」と言った。これからのことを決定していくのは、人事や予算も含めそれは県とか国の話であって自分ではないと。いつの間にかもう次の段階に進んでしまっているのだ。
今後どのようなシナリオが用意されているのか私には分からない。たぶんこの2〜3年の間にもっていきたい方向というのは、彼らにとってはもう決まっているのだろう。だからその方向に確実に向かうための人事が必要とされている。でもこういう流れを止めることは、今できるはずだし、やるべきだと思うのだ。
放射能による甲状腺がん多発はありえないと考える「専門家」が、次の事故の時のヨウ素剤配布の責任者であることはできない。彼らには万が一を考えて子どもを守るリスク管理はできない。ヨウ素剤は、今は原発の5キロ圏内に事前配布、原発から30キロ圏内ではいくつかの施設に保管される方向で進んでいるが、30キロ圏の人でも事前配布を望む人は多いはずだ。福島県で現在最も小児甲状腺がんが出ているのは、郡山市と福島市。原発から60キロも離れた場所だ。自分が母親なら、父親なら、子どものために常時ヨウ素剤を持たせていたいと考えるのは自然ではないか。どこかに保存してあったとしても、地震で道路は破断していると考えるのが普通だろう。薬の保管場所は、多くの人にとって原発の方向にあるかもしれない。そんなことを考える必要はないとする人を、専門家と呼べるのだろうか。
私は、昨年夏にウクライナの甲状腺がんの最高権威であるトロンコ医師に会ってインタビューした。それまで何回インタビューしても本音を言ってくれなかった彼が話してくれた言葉を聞いて、私は驚いた。
彼は、自分たち医師、政府そしてメディアは、チェルノブイリ事故後、誤りをおかしたと言ったのだ。被害者の側にいるべきだったのに、その対極にいたと。日本では医者もメディアも権力も専門家も、自分たちの反省をするということが一切ないまま、この6年間が過ぎた。反省のない人々によって新しい第三者機関が作られようとしている。人事の決定権は国民にはない。日本人はなぜ怒らないのかと、外国の人は不思議に思っている。私たちは、人事権を国民の手に取り戻さなくてはならない。
2. 原爆投下~福島原発事故まで
続く、専門機関との相関図
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3.「専門家」は原発事故以降、
市民に対してどうは発言してきたか?
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調査・資料/和田真(ジャーナリスト)、協力(P37 )/藍原寛子(ジャーナリスト)、構成/DAYS JAPAN
※【3/12付 信濃毎日新聞掲載】小児甲状腺がんの現実(文・広河隆一)を併せてお読みください。
https://daysjapan.net/2017/03/29/信濃毎日新聞掲載/