資本主義とグローバル化の極限の行楽地、ドバイ。 それは富を手にした人々が世界中から集まる「カプセル」の内側だ。 消費と快楽、成功、すべてにおいて金がモノをいう世界から、 真の「価値」と持続可能性について疑問を投げかける。

写真・文/ニック・ハンネス

Photo and Text by Nick HANNES

DAYS国際フォトジャーナリズム大賞2018審査委員特別賞

ドバイ中心部から4キロの海上に 浮かぶ売り出し中の別荘で、客を 待つ執事。海面下にベッドルーム とバスルームがあり、全面ガラス張 りの室内から海洋生物を観賞でき る。ゆくゆくは125棟が建設予定。 値 段は日本 円で約3憶2700万 円。写真はすべてドバイ、アラブ 首長国連邦。2017年1月16日

変貌を遂げた交易地

「ペルシャ湾のラスベガス」「中東の テーマパーク」「グローバル化の行楽 地」―。ペルシャ湾沿岸地域の交易 地ドバイは、 30年足らずで、ビジネス とショッピング、エンターテイメント のグローバル・シティへと一変した。 象徴的な超高層ビル、人工島、ショッ ピングモール、巨大な屋内スキー場、 豪華な一流ホテル。小さな首長国は、 数多くの世界的な建造物を手中にして いる。訪れる観光客は毎年増え続け、 2020年にはワールド・エキスポ(博覧会)が開催されることも決定した。

ビーチ沿いの屋外フィットネス・ク ラブで、運動をするドイツ人男性た ち。散歩道にはレストランや遊園地 が並んでいる。2016年1月15日

ドバイはアラブ首長国連邦(UAE) に属する つの首長国の 1つで、国 内ではアブダビにつぐ第二の中心都市 だ。連邦に属しているとはいえ、独立した政治体制をもっている都市国家で もある。面積は4114平方キロ(北 海道の約半分)。ペルシャ湾岸諸国で もっとも国際化が進んでいる都市だ。 ドバイは、例えるならシェイフ(首 長)をトップに抱く企業ブランドのよ うなものだ。 10代目のシェイフで、現 在UAEの副大統領と首相も兼任する ムハンマド・マクトゥームは、著書『知 恵のひらめき』にこう書いている。「大きな夢を持とう、トップになろう、 主導権をとろう。愛国精神と労働倫理を忘れるな。新しい考えは進歩を生む。不可能なことはない。休息は時間の無駄だ、迷うのはやめよう」

大きなゲームセンター「ハブ・ゼロ」 で、ビリヤードに興じる若者たち。人 気のスポットだ。2017年1月5日

ムハンマドは 90年代から、 9代目のシェイフで兄のマクトゥーム・マクトゥームとともに、国内の石油埋蔵量に 見切りをつけ、政策の方向転換をはか り、観光とビジネスと不動産に着目。 世界中に投資を呼びかけ、世界最大規 模の港とエミレーツ航空、それにハブ 空港を作りあげた。 年に兄が急死すると後を継ぎ、高級リゾート地や超高層ビルやマンションを建設し、「セレブの町」のイメージ作りに成功した。 ムハンマドは国民に人気絶大だ。国 民といっても、UAEの国籍を持つのは、住民301万人のうち 数パーセ ント。彼は政治の最前線で精力的に働き、この国に大いなる富をもたらした。

高級ナイトクラブ「カヴァリ」での 年越しパーティ。目下、ナイトクラブが大流行だ。2016年1月1日

外国人労働者に支えられるセレブの町

国民は快適な住まいを保証され、住 居費は無料か補助金でほぼ賄える。教 育費も医療費もほとんど無料。政府の 統計によれば 14年の年間平均給与は 7万6838ディルハム(約220万円余)。これにさまざまな補助金や手当 がつく。だから国民は、185年前にア ブダビから来て、ドバイを独立させた マクトゥーム王国にいたって従順だ。 ドバイの住民の 90パーセント弱は外 国人で、その大半はインドやパキスタン、バングラデシュ、フィリピンなど の出身で、男性なら建設現場の労働者だ。彼らは 日 時間、週日働き、 バスで狭い宿舎と現場を往復するだけの生活。女性は子守か住み込みでの家事手伝いだ。年間の平均給与は 2万 9215ディルハム(約82 万円)。賃金 のほとんどは故郷に送金する。

外国人の パーセント前後は欧米人やアラブ人などで、企業経営者や駐在員、それにその家族だ。彼らはゲート付きの壮大なコミュニティの豪邸に住 み、母国にいるよりいい生活を送っている。被雇用者の平均給与は年間7万5064ディルハム(約215万円)で、諸々の海外手当がつく(注)。 彼らは自分のビジネスと消費における 自由さえ確保できていれば、社会の自由や民主主義には興味がない。

ショッピングモールの中にある、氷 点下が売りの「チルアウト・アイス・ ラウンジ」にて、ホットチョコレートを飲むサウジアラビアからの旅行者。2016年1月6日

「カプセル社会」のドバイ

ドバイは「カプセル社会」だ。外界 から遮蔽された、居心地のいいカプセ ル。そこには有名なショッピングモー ルや巨大な屋内スキー場、豪華なテー マパーク、ゲート付きの壮大なコミュ ニティがあり、裕福な人々はドバイ人 も外国人もそのなかで暮らしていける。公の場のように装われているが、 実際は私的な場なのだ。

一方、カプセルの外は、貧困とカオ スの渦巻く大海原だ。外国人の建設労働者のような貧しい人々は、カプセル のなかには決して入れない。あたかも 存在しないかのように扱われる。町に 出ても冷たい視線を浴びるだけだ。

宿舎に帰るバスを待つ、パキスタ ン人の建設労働者たち。ドバイの 人口の90パーセント近くは外国人 で、このような労働者が大半を占 める。2016年1月2日

しかし、すべての外国人に共通して いることがある。それは居住許可証だ。 永住することは、UAEの国民にしか 許されない。外国人は一時的許可証を 取ることができるだけで、事業に失敗 したり解雇されると、居住許可も失う。 これは収入や所属先のない者を排除するのに、効率的な方法だ。

かつてドバイはノーブランドの町だ った。長い歴史も文化遺産も、文化的 多様性もなかった。そこでエミレーツ 航空が運んできた裕福な外国人を喜ば すために、お金で何かを作らなければ ならなかった。快楽主義と消費主義が 支配する、ゴージャスな目的地を。や がて過剰にアメリカナイズされた奇妙 な町が生まれた。同時に、いつの間に かシェイフがブランドとなっていた。

ドバイは保守的なイスラム教の UAE社会を、震撼させる。しかし、なにごとも金だ。夜のナイトクラブの 乱痴気騒ぎも、警察は見て見ぬふり。 なにごとにも金、なにごとにもビジネ ス・ファーストだ。

(構成・翻訳/野口みどり)

(注)ドバイでは、給料の所得税がかからず、ほかの多くの商品にも税金がかからない(今年の1月から食品やガソリンなどに5パーセントの消費税が導入された)。 観光客相手の場所以外は、物価も、先進国の2分の1から3分の1ほど。

有名な人工島「パーム・ジュメイラ」 のホテルで、フルムーン・ヨガ・セ ッションに参加する旅行者や外国 人居住者。背後に超高層ビル群
が見える。2016年9月17日

ニック・ハンネス

フォトグラファー。1974 年、ベルギー生まれ。フォ トジャーナリストとして8年 間活動した後、現在はドキ ュメンタリー作品の作成を おこなう。ゲント大学で写 真を教える。2017年には マグナム・フォトグラフィー・ アワードで受賞。パリマッ チ誌、スターン誌、GEO 誌など多数掲載。