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放射線管理区域で農業=セシウムと共存」ということ⁉︎ Wire art by OSHIDORI Ken

原発事故の汚染に抗議した

友人たちを亡くして思ったこと

いつの間にか原発事故から6年経ちます。6年って、長いよね。私たちがこんなにしつこく原発取材を続けると思わなかったけど、逆に、経緯を追いながら取材している人が少ないことに気付いた6年です。

この原稿を書いている今、私は体調を崩しているけれど、お気に入りのマスクをしています。可愛くて気持ち良い素材で「NO NUKES」という文字が入っています。これは原発事故で福島から愛知に避難した、なかちゃんという女性が手作りしたもの。「汚染地域の方々は内部被曝をしないようマスクをしながら生活をしてほしい、そのときに素敵なマスクだと着けやすいかな?」という想いが込められています。このマスクの売り上げを、支援金として福島の子どもの保養グループ等に寄付していたなかちゃん。彼女は2015年、2人の小さいお子さんを残して、乳がんで亡くなりました。

思えば、たくさんの友人を亡くした6年でもあります。自死や病死。連携して一緒に取材をしていた記者さん、原発事故の汚染に警鐘を鳴らし続けた研究者、省庁の中で動いていた方々、原発事故の汚染に怒って動いていた方々。職を失う覚悟や、自分の命の期限を感じなければ、原発事故の汚染に抗議できないものなのだと痛感しました。それほど、難しい問題なのだと。

おしどりも、原発事故の取材をするにあたって、いろんな圧力が電気事業連合会(電事連)さまとか広告会社からかかります。芸人として以前のような仕事は100%できなくなったのは確か。けど、私たちはヘラヘラしているから圧力かけにくいんだってさ! それに、私はいつでも野垂れ死ぬ覚悟はあります。だって、遅かれ早かれみんな死ぬでしょ? そして、もっと生きたかった、動きたかった、と思いながら亡くなった方々を私はたくさん知っている。自分の所有しているものの中で、一番価値があるものは命だと思います。だから生きているかぎり、有効活用するのさ! 自分が快適かどうかより、自分の命を上手く使うほうが楽しいしね!

 

避難解除された地域で、

一番被曝するのは誰?

 

以前から、「福島県内に住んでいる人間の中で、最も被曝しているのは俺ら農家だと思うよ。土中に放射性セシウムが入っていて、毎日土埃を吸ってんだから」と、農家の方々から伺っていました。

原発事故から6年後、汚染地域の避難解除がどんどん始まります。おしどりは、農家の放射線防護対策を求めている、福島の農民運動全国連合会(農民連)の政府交渉も取材しています。そこでも、「今後、避難解除が始まって、その地域で一番被曝する住民はやっぱり農家なんだから、早く問題を解決すべきだ!」という声が上がっていました。そこで、16年11月11日、福島県が避難指示区域の農家の方々を対象に開催した「農作業における放射線対策と健康講座」を取材しに、福島県川俣町まで行きました!

福島駅からバスに揺られること40分。バスの中で線量計を見ていると、道路の横に山林があると、フッと線量が高くなるんだよね。遠路はるばる向かった講座だけど、地元の方々の参加は実質6名。取材はおしどりだけ。

農作業における放射能対策と健康講座2016年11月11日 (3)(1)
「チェルノブイリと福島は違う」と強調する放医研の方。福島県川俣町。2016年11月11日

講師は3名。放射線医学総合研究所(放医研)の先生のお話は、いつもどおり安全側に大きく傾いた恣意的なものでした。チェルノブイリと福島の原発事故後の小児甲状腺がんのグラフを使ってらして。これは、チェルノブイリの汚染は大変だったけど、福島の汚染は健康に影響ないよと言いたいがためのもので、この日も「この2つのグラフは形が全然違うでしょう、チェルノブイリと福島は異なるんです!」と説明されました。だけどこのグラフは、縦軸も横軸も調査期間も異なるのね。なので、16年9月の福島県県民健康調査検討委員会では「違って見えて当たり前で、この2つを比較してチェルノブイリと福島の原発事故の汚染は異なるという説明は恣意的すぎる」と、何人もの先生からクレームがついたのです。でも、福島県内ではこのグラフはこうやって現役なのねぇ!

県の農業総合センターのお話は実践的なもので、どうやったら農作物に移行するセシウムを低減できるかという調査結果。効果的なのはカリウム肥料を撒くこと。土壌中にセシウムがあっても、土壌中のカリウム濃度を上げれば、農作物はセシウムではなくカリウムを吸収する作用があるのです。でも、農民連の方々は「農作物に移行するセシウムが減っても、土中のセシウムは変わらない、つまり俺たちは被曝しっぱなし!」とのこと。

日本原子力研究開発機構(JAEA)の方のお話は、ガラスバッジを付けた方の行動記録を元に、どういう状況で被曝するかを追ったものなど。同じ農作業でも、線量の高い農地のほうが被曝するとか。「被曝を低減するためにはこの線量の高い部分に対策をすればいいのです。除染をするとか滞在時間を短くするとか。みなさんは今後、セシウムと共存するということを考えて生活してください」と締めくくられました。セシウムと共存!?

さて、一番取材したかった質疑。これが凄かったのです。

60代男性:自宅や農地の周囲は除染されています。でも自宅から農地に行くまでの道、林道や山の脇の道がまだまだ汚染されていて線量が高い。ここを通るときに被曝するのですが、県としてどんな考えですか?

JAEAの方:そういう場合は走り抜けてください!

(えええ! ケンちゃんと顔を見合わせました!)



自宅や農地には長時間滞在しますが、道には滞在しません、できるだけ早く通過してください。あと、除染されていないところも確かにありますが、待っているだけではなく、草を刈るとか自分でできることもしてください。

(それもまた被曝するよね……)



70代男性:私は大々的に農業をやっているわけではなく、家庭菜園程度です。が、草を刈ったり土埃が舞ったりしてそれを吸い込めば、内部被曝すると思います。

放医研の方:そういう場合は、鼻をかんでください!

(また顔を見合わせました!)



土壌にセシウムがくっ付いて離れにくい状況になっており、確かに吸い込みますが、鼻の粘膜に微量付く程度です。できるだけ鼻をかむなりすればよいのです。あと、マスクをすることも有効です。

(現在でも福島県内の農家の方々はマスクするよう言われているんだよね。でも真夏の猛暑の中、マスクをすることなんてできないんだって)



講座が終わったあと、出席された地元の方々にインタビューすると、「これが安心・安全の中身ですよ。あなた、これで安心して戻れる?  俺たちはね、被曝前提で戻れって言われてんの」と話されました。

この講座は、原発事故の汚染に抗議している方々は来られないタイプのものでした。だからこそ、どんな考えの方々がいらっしゃるのか取材したかった。帰還したいけど不安に思っているなか、原発事故の汚染は「個人で気をつけろ」という説明会で、ガッカリして怒って帰った方々がほとんどでした。でも、私はわりとフェアな説明会だったのではないかと思います。「原発事故の汚染なんか何も問題ないですよ~☆」みたいな講演会も多いから。放医研の話は酷かったけど、リアルな汚染情報を出し、「気をつけてください」「こうして農業、生活をしてください」と話された方もいます。地元福島県の農業総合センターと、いわき市出身のJAEAの職員の方です。

でも現状は「セシウムと共存」、この言葉に尽きるのだと思います。ふざけんじゃないよ! 6年経つとこんなおかしな状態にみんな慣れちゃうの? 生きている方々は、力を貸してください!