アルマドラバのコッポ(定置網の一番奥の小空間)で漁師たちが網を引き上げ、海面近くで激しく暴れるクロマグロをつかまえる。サアラ・デ・ロス・アトゥネス沖、スペイン。2012年6月6日 Photo by Xabier Mikel LABURU
アルマドラバのコッポ(定置網の一番奥の小空間)で漁師たちが網を引き上げ、海面近くで激しく暴れるクロマグロをつかまえる。サアラ・デ・ロス・アトゥネス沖、スペイン。2012年6月6日 Photo by Xabier Mikel LABURU

「絶滅危惧種」に指定されている高級魚クロマグロ。太平洋では資源量が激減しているにもかかわらず、抜本的な漁獲規制が打たれず、小売店に変わりなく並べられている。大西洋のスペイン沖では伝統漁法が日本人の「トロ信仰」に翻弄され、「消滅」への岐路に立たされている。このまま日本は取り尽くし、食べ尽くしてしまうのか。

網にかかったクロマグロをロープで漁船につり上げるため、2人の漁師が網の端を移動する。サアラ・デ・ロス・アトゥネス沖、スペイン。2012年6月6日 Photo by Xabier Mikel LABURU
網にかかったクロマグロをロープで漁船につり上げるため、2人の漁師が網の端を移動する。サアラ・デ・ロス・アトゥネス沖、スペイン。2012年6月6日 Photo by Xabier Mikel LABURU

①紀元前から続く定置網漁

文・シャビエル・ミケル・ラブル

アルマドラバ漁定置網の配置略図

ジブラルタル海峡の穏やかな波の上に太陽が昇るころ、闘いの準備を整えた漁師たちが小型船団を組み、スペイン・バルバテ港を出て行く。闘いの相手は、魚の中で最も人気の高いクロマグロ(タイセイヨウクロマグロ)。闘いの場は〝アルマドラバ〟だ。

アルマドラバは、フェニキア人やローマ帝国の時代から2000年以上にわたって地中海西部のクロマグロ漁で続いている定置網漁のことだ。「戦場」を意味するアラビア語が語源になっている。海の中に迷路のように網を張り、クロマグロを網の奥へ奥へと誘い込んで一気に吊り上げるのが特徴だ。極めて大がかりな漁法であり、春の産卵シーズンに海岸線に沿って地中海に入ってくるクロマグロを狙う。

この漁ではまず、定置網にどれだけのクロマグロがかかっているかをスキューバダイバーが数える。その結果を受けて船団のリーダーが指示を出すと、各船の漁師たちがそれぞれの持ち場につく。小型の船々は、定置網を囲んで四角形を描くように隊列を整え、網を引き上げにかかる。

血で染まった冷たい海水につかりながら、数人の漁師たちが「コッポ」でクロマグロと格闘する。クロマグロがはね上げた水しぶきで虹ができる。サアラ・デ・ロス・アトゥネス沖、スペイン。2012年6月6日 Photo by Xabier Mikel LABURU
血で染まった冷たい海水につかりながら、数人の漁師たちが「コッポ」でクロマグロと格闘する。クロマグロがはね上げた水しぶきで虹ができる。サアラ・デ・ロス・アトゥネス沖、スペイン。2012年6月6日 Photo by Xabier Mikel LABURU

漁師たちのたくさんの手がものすごい勢いで網を引き上げていくと、やがて重さ80〜400キロのクロマグロが水面のすぐ下に姿を見せる。網から逃れようと、クロマグロは尾びれで冷たい海水を四方に飛び散らし、無駄な努力を繰り返す。尾びれの動きはとても力強く、人の脚の骨を折るほどの威力があるが、漁師たちは危険を顧みずに網の中へと飛び降り、クロマグロと格闘を繰り広げる。

網の中で漁師たちがクロマグロの尾にロープをくくりつけると、船上の漁師たちがクレーンを使って吊り上げる。無事に船に下ろすと、すぐに動脈をひと刺しして息の根を止め、品質低下を招く〝ヤケ肉〟(肉が白く濁る現象)の発生を防ぐ。

網にかかった2匹のクロマグロをクレーンでつり上げ、小型船のデッキに移動する。小型船はその後、クロマグロを日本の加工船へと運んでいく。サアラ・デ・ロス・アトゥネス沖、スペイン。2012年6月6日 Photo by Xabier Mikel LABURU
網にかかった2匹のクロマグロをクレーンでつり上げ、小型船のデッキに移動する。小型船はその後、クロマグロを日本の加工船へと運んでいく。サアラ・デ・ロス・アトゥネス沖、スペイン。2012年6月6日 Photo by Xabier Mikel LABURU

アルマドラバで捕らえられたクロマグロの6割近くは日本の市場へと輸出される。とくに春から初夏にかけての脂の乗ったクロマグロの赤身は、すしや刺し身用として日本で大人気だ。獲ったその日のうちに日本に向けて空輸されるクロマグロもあるが、ほとんどは地元の工場か洋上の加工船で内臓を取り除かれてから、冷凍されて輸出される。

マグロと漁師たちの闘いは1時間近く続く。闘いが終わり、船倉とデッキいっぱいのクロマグロを積んだ船団が港へと戻っていくと、海にはつい先ほどまでの無慈悲な闘いを物語るように、赤く色づいた海水が漂う。血で染まった海はまもなく潮の流れによって清められ、闘いがあったことはすっかり忘れられていく。(翻訳/田村栄治)

シャビエル・ミケル・ラブル フォトグラファー。1975年、カナダ・トロント生まれ。スペインの地方新聞社を経て現在、フリーのフォトグラファーとして国内外の報道メディアなどに作品を提供。2007年にバルセロナ自治大でフォトジャーナリズム修士号取得。同国南部のマラガ在住。

クロマグロ乱獲が指摘されている巻き網漁の船。最近では、すぐ水揚げせず、いけすで畜養し脂を増やしてから輸出するケースも多い。トルコ沖の地中海。2006年6月 Photo by Gavin NEWMAN/Greenpeace

②乱獲で資源量2・6パーセントに

まとめ・松本裕樹(本誌編集部)

太平洋マグロの資源評価をおこなっている北太平洋まぐろ類国際科学委員会(ISC)が今年4月、衝撃的な数字を公表した。2014年に「絶滅危惧種」に指定されているクロマグロが漁業開始前(初期資源量)に比べて2・6パーセントまで激減しているという。

ウナギやマグロなど海洋資源問題を追い続けている共同通信編集委員の井田徹治さんは「非常に深刻で危機的だ」と警告し、産卵できる「親魚」とともに、新たに群れに加わる赤ちゃん魚も過去最低レベルにあると指摘し「漁業として成り立たなくなるのは間近とさえ言われている」と危惧する。

新たな資源保護策が強く求められる中、西部太平洋のマグロ資源を管理する国際機関「中西部太平洋まぐろ類委員会」(WCPFC)の小委員会が今夏、福岡で開かれた。日本は、ゼロ歳魚の量が3年続けて過去最低レベルを下回った場合に「緊急漁業規制」を導入するという提案をしたが、各国は不十分だとして受け入れず。一方、アメリカは2030年までの長期的な資源回復目標の設定を提案したが、日本は反対し、結局、新たな措置は合意されずじまいだった。来月開かれる本会合でも新たな合意は難しい見通しだ。

こうした抜本策の先送りに警鐘を鳴らすように、クロマグロの一本釣り漁が盛んな青森県大間町で10月29日開かれた「大間超マグロ祭り」の目玉「解体ショー」が大物マグロを確保できず、中止に追い込まれた。

漁獲規制に及び腰の水産庁

クロマグロの激減について井田さんは「産卵場になっている日本近海の漁業規制が非常に緩い。大きな収入源にしている日本の漁業者の声が強く、一網打尽的な巻き網漁の規制に水産庁は及び腰になっている。取るものが少なくなって、値も付かないようなマグロまで取るようになってしまっている」と嘆く。

消費のあり方にも厳しい目を向け「ウナギもマグロも本来、たくさん取って安く食べられる資源ではない。絶滅危惧種とされながら普通に売っていて厳しい状況が見えにくい。昔に比べ圧倒的に味がまずくなっている」。

太平洋産8割、日本で消費

「生き物というより商品としてしかみられていない」。この数年、マグロの資源問題に本腰を入れる国際環境NGOグリーンピース・ジャパンで、海洋生態系担当を務める小松原和恵さんは「太平洋のクロマグロは日本で漁獲の8割を消費しており、WCPFC任せでなく、日本が管理すべき」と訴える。10月には水産庁を訪ね、産卵期の禁漁と巻き網漁の規制を求める3557人の署名を手渡した。

大手スーパーや生協、回転ずし店を対象にクロマグロ調達方針などのアンケート調査もおこない、資源への配慮度合いをランク付けし、その結果をチラシにして消費者に配っている。「魚介類で持続可能な調達方針を持っているところが日本ではほとんどないに等しい。海外に比べると、非常に後れを取っている。行政が動かない中、企業への働きかけを強めている」と話す。

アルマドラバ会社、畜養に転換

米紙ニューヨークタイムズは昨年6月6日付ネット版で「スペインのマグロ漁が3000年の漁法の形を変え、日本の味に融合」と題する記事を掲載し、世界最古の伝統漁法アルマドラバが日本市場に翻弄されている姿をリポートした。脂の乗ったトロ好きの嗜好に合わせて、アルマドラバを経営する会社も、いけすでマグロを太らせる畜養に転換しつつあり、同漁法が存亡の岐路に立たされている実情を紹介した。

井田さんは「乱獲とは無縁で3000年続いてきたアルマドラバ漁は持続可能な漁業。しかし、ほかの漁法でクロマグロを取り尽くしてしまい、青息吐息。日本の一本釣りも同じ状況だ」と解説。小松原さんも「大規模な巻き網に比べ圧倒的に環境への負荷が少なく、環境により優しい漁法として守られるべき」と評価した。

大西洋産、厳しい規制で回復

一方、漁獲の大半が日本に輸出されている大西洋のクロマグロも資源量が減り続け、太平洋クロマグロより3年早い11年に「絶滅危惧種」に指定された。しかし、10年のワシントン条約会議での禁輸議論をきっかけに、EUが主導して罰則付きの厳しい漁獲規制を12年から導入。その効果が早速表れ、現在は一転して資源回復傾向にあり、漁獲枠も緩和されるようになった。

井田さんは「売っている人も、食べている人も、取っている人も、それを規制しない水産庁も悪い。みんなで痛みを分け合って漁業規制すべき。大西洋ではそれができた。クロマグロが安く大量に食べられる裏にはカラクリがある。消費者もそろそろ考えるべき時」と訴えた。

小松原さんは「現状では食べてほしくないのが本音。せめて産卵期のものや、巻き網で取ったものは食べないようになれば、マーケットもシフトし、いい方向に変わるだろう。海は、私たちを養うに足る恩恵を与えてくれる余力がまだある」と期待を寄せた。

いだ・てつじ 1959年、東京生まれ。東京大学文学部卒。共同通信科学部記者などを経て現在、同編集委員兼論説委員。環境と開発、エネルギーなどの問題を長く取材。著書に『ウナギ 地球環境を語る魚』(岩波新書)など。

こまつばら・かずえ 神奈川大理学部生物科学科卒業後、出版社勤務などを経て2012年、豪マッコーリー大で生物多様性保全を研究し修士号。14年からグリーンピース・ジャパンに勤務し、海洋生態系担当として「過剰漁業」をテーマにクロマグロなどの保全活動に取り組む。