4月に沖縄県うるま市の女性が殺害された事件を受け、6月19日、沖縄で6万5000人が集結する県民集会が開かれた。その様子を伝える琉球新報6月20日付紙面(琉球新報社提供)
4月に沖縄県うるま市の女性が殺害された事件を受け、6月19日、沖縄で6万5000人が集結する県民集会が開かれた。その様子を伝える琉球新報6月20日付紙面(琉球新報社提供)

琉球新報編集局次長兼報道本部長、論説副委員長 松元剛

基地ノー、圧倒的民意は示されている

7月10日投開票の参院選の沖縄選挙区は、自民党現職の島尻安伊子沖縄担当大臣が、翁長雄志知事を擁する「オール沖縄」勢力が推した伊波は洋一氏に敗北した。10万6000票あまりの大差が付いた。自民党公認候補が全国で唯一、投票箱が閉じられた午後8時ちょうどに「落選確実」を報じられる惨敗だった。

この選挙でも、沖縄では米軍普天間飛行場の移設を伴う名護市辺野古への新基地建設計画が最大の争点となり、加えて、4月末に起きた米軍属が沖縄本島中部に住む20歳の女性を暴行目的で襲い、殺害するという残忍な事件を防げなかった日本政府に対しても厳しい民意が示された。新基地を拒み、基地重圧の元凶である日米地位協定の改定に手をこまねいて新たな被害者を生み出した安倍政権にノーを突き付ける、圧倒的な沖縄の民意があらためて示されたのである。

この伊波氏の勝利で、沖縄では、2014年12月の衆院選の4選挙区と合わせ、自民党は衆参全ての選挙区議席を失った。いずれの選挙のもう一人の敗者は、安倍晋三首相である。

自民敗北直後の強行、政権の「沖縄敵視政策」

参院選の投票箱が締め切られて約10時間後、東村高江の米軍北部訓練場メインゲート前には機動隊による人垣ができ、米軍のヘリ着陸帯建設に向けた関連作業の資材搬入が始まった。安倍政権は、選挙対策のために控えていた基地建設を一気に強行する「沖縄敵視政策」の牙をむき出しにし、22日から、建設の本体工事に強行的に着手した。そして、反対する市民を力で抑え込むため、警視庁など全国各地の機動隊員約500人を現場に投入した。これは、2014年に実施された北九州市の指定暴力団・工藤会の壊滅作戦の際に投入された機動隊員530人と同じ規模である。にも関わらず、在京大手メディアの大半は、市民の思想・信条の自由を背景にした行動を押さえつけ、弾圧に等しい警備の異常さを報じる姿勢が弱すぎるのではないか。

戦後71年を迎えてなお、沖縄社会は、米軍基地の存在に起因する事件から、夢と希望に満ちていた20歳の女性の命と尊厳を守れなかった。県民は等しく、未来の犠牲者を出さない責任を背負っていることを深く自覚した。

未来まで横たわる沖縄における基地の過重負担の土台にあるのが、在日米軍に特権的地位を与えている日米地位協定である。女性殺害事件に抗議する県民大会でも、在沖海兵隊撤退をと共に日米地位協定の改定を求める決議がなされた。

日米地位協定に対する沖縄社会の視線はかつてないほど、とげとげしい。

米軍の長期駐留背景に生まれた日米地位協定

在日米軍が引き起こす事件・事故や、演習の被害にさらされる基地周辺自治体や住民に背を向け、米軍の運用を最優先する日本政府の姿こそが、基地負担軽減の最も大きな壁となっている。

在日米軍の法的地位や義務を定めた政府間協定が、日米地位協定である。全28条。基地返還の際、どんなに土地が汚染されていても、米軍に浄化義務を負わさず(第4条)、基地内で拘束された米兵の犯罪容疑者は日本側が起訴するまで身柄が引き渡されない(第17条)など、不平等な協定への批判は根強い。

琉球新報社が2004年に特報し、計22面を使って全文掲載した外務省の永久機密文書がある。「日米地位協定の考え方」とその増補版である。この解釈運用マニュアルは、実際の協定の条文以上に米側におもねり、驚くべき米軍優位の裏解釈がこれでもかと繰り出されている。日本外交の恥部が詰まった「パンドラの箱」のようなこの文書は、ごく一部の外務省の担当者だけに引き継がれている。

「―考え方」には、あまりの長期にわたる他国軍隊の常時駐留という、国際法が想定しない異様な事態を踏まえ、米軍の駐留根拠と法的地位などを定める地位協定が必要になったと赤裸々に記されている。米国の日本占領下で締結された「日米行政協定」(米軍の日本国内への配備の条件を定めた協定。1952年4月28日発効)が、1960年の日米安保条約改定と同時に日米地位協定に衣替えしたが、行政協定が宿していた圧倒的な米軍優位の不平等性や特権は温存された。それ以来、一度も改定されたことがない。

基地あるがゆえに傷つけられる命

米軍統治下で起きた幼女殺害を含む多くの女性暴行事件、1995年の少女乱暴事件、そして今回の女性殺害事件は、軍隊組織で培われたむき出しの暴力が女性の尊厳を容赦なく蹂躙(じゅうりん)する構図で共通する。弱い女性が被害に遭った事件の多くの容疑者が基地内に逃げ込み、迷宮入りしたケースは数え切れない。泣き寝入りした被害者を含め、基地あるがゆえに奪われ、傷つけられた命は数え切れない。無数の無念が沖縄戦後史に影を落としている。

1972年の沖縄返還以来、米兵らによる沖縄での強姦事件は、2015年までに129件も起きた。その逮捕者が147人に上る事実は、20件程度は集団強姦だったことを示す。1年で平均3人の女性が米兵らによるレイプ被害に遭う地域が、日本のどこにあるのか。世界中にある米軍駐留地の中でも、「基地の島・OKINAWA」は異常な無法地帯と化している。

2万人超の米兵が居座り続ける沖縄で基地問題を追っていると、確信を強めていることがある。兵士の数を大幅に削減しない限り、統計学的に性被害と事件が起き続け、新たな県民が犠牲になることは避けられないということだ。米軍の幹部や米政府関係者が「女性を襲うような一握りの不心得者が、2万人を超える兵士の中に紛れ込むことを防ぐことはできない」として、事件・事故根絶は困難だと言い放つのを聞き、あぜんとしたことがある。

すぐに基地をなくすことが難しいのならば、最低限、日米地位協定を改定し、米兵らに事件を起こしても逃げおおせることができるという誤解を抱かせ、特権に守られているという意識を払拭することが不可欠のはずである。しかし、日本政府は地位協定改定に腰を上げようとはしない。未来にわたって米兵が起こす事件の被害者を拡大再生産する責任を誰が取るというのか。

基地内捜査できず証拠隠滅の可能性

4月末に起きた米軍属による女性殺害事件は、米軍基地内で日本の警察が捜査権を十分に行使できない実情を照らし出した。沖縄県警は6月初め、死体遺棄容疑で逮捕していた、元米海兵隊員の軍属の男を殺人と強姦致死の容疑で再逮捕したが、県警の捜査は常に日米地位協定の壁が障害になってきた。

県警が5月19日、死体遺棄容疑で軍属の逮捕にこぎ着けたため、取り調べや身柄引き渡しなど、一見、日米地位協定上の支障はなかったように見える。しかし、実態は違う。容疑者は米軍基地内で証拠隠滅を図った可能性があるにもかかわらず、基地内では直ちに捜査権を行使することができなかった。

県警は「遺体をスーツケースに入れて運んだ」という容疑者の供述に基づき、執念の捜査を尽くし、沖縄本島中部の最終処分場で米軍仕様の大型スーツケース数点を押収した。この処分場は米軍基地の廃棄物を処理している。容疑者は土地勘があるキャンプ・ハンセン内でスーツケースを投棄した可能性が濃厚だ。県警はハンセン基地に出入りした容疑者の足取りを把握した。基地内の捜査は絶対に欠かせない。

ところが、日米地位協定は基地内での米軍の「排他的管理権」を認めているため、同意がない限り、日本の警察は立ち入りできない。県警は軍属の男の基地内の足取りをたどる捜査を全うできなかった。

2008年12月、金武町伊芸区で、米軍演習場からの流れ弾が民家に止めてあった車に当たる事件があった。基地内からの流弾に間違いなかったが、沖縄県警の立ち入り調査実現まで1年近くかかった。結局、重機関銃弾を誤射したとみられる海兵隊の部隊は沖縄からすでに去っていた。容疑者特定どころではなく、事件は迷宮入りした。

米兵犯罪の元凶

米軍基地を治外法権のように規定し、米軍人・軍属の特権を認める日米地位協定が基地犯罪の元凶であることは明らかだ。しかし今回の軍属事件でも、日本政府は日米地位協定の改定を米側に求めず、運用改善で幕引きを図ろうとしている。

軍属事件で容疑者が逮捕されてから6日後、被爆地・ヒロシマ訪問を前に来日したオバマ米大統領と安倍晋三首相が会談した。前途洋々の若い国民の命を守れなかった日本の為政者は、在沖米軍の基地、兵員の削減は求めず、日米地位協定の改定要求を封印した。安倍首相は「厳重に抗議」して見せたが、具体策は何一つ進展しなかった。オバマ大統領は哀悼の意を表し、謝罪もせずにお茶を濁した。2日後に迫ったオバマ氏の広島訪問に同行し、参院選での支持につなげる――。首相は卑劣極まる事件で沖縄の女性が犠牲になる事件が起きても、米国の反発をかうことを避け、再発防止策の要となる地位協定改定要求を封印した。オバマ氏の広島訪問と背中合わせの「政権益」の「最大化」を「最優先」した形だ。

政府の対米従属姿勢は極まっている。新基地建設問題では「抑止力維持」を名目に辺野古移設の他に選択肢はないとする一方で、県民の生命に関わる日米地位協定の欠陥には手を付けようとはしない。国民の安全を守るべき責務を放棄していると言うしかない。

爆音被害の歯止めなし

極東の空軍拠点・嘉手納基地では、激しい爆音を放つF15戦闘機、海兵隊の普天間飛行場では墜落事故を繰り返してきたMV22オスプレイが深夜、未明に飛び立つ運用が繰り返されている。住民の安眠が突き破られ、幼児が飛び起きて泣き出すこともある。車の前1〜2メートルで聞くクラクションの音に匹敵する激しい爆音が寝静まった時間帯に響き、何千、何万の県民がたたき起こされる。欧米ではあり得ない基地運用が続いている。

日米地位協定が、日本の法律の規制が及ばない「排他的管理権」を与えているため、住民生活への配慮ゼロの基地運用に歯止めを掛ける策も皆無なままだ。だが、米本国やドイツやイタリアの米航空基地では住民生活を最優先する運用が貫かれ、嘉手納、普天間の両基地のような規模の航空基地は基地設置基準に抵触し、市街地では運用できない。心身に障害が出かねない騒音から住民を守り、墜落の危険が高いため、建築物を一切排したクリアゾーンと呼ばれる緩衝地帯を設けねばならない。普天間飛行場にクリアゾーンを当てはめると、学校を含めた公的施設が37あり、約3800人が住んでいる。

米本国ならば、即刻運用を停止せねばならない基地を沖縄で平然と使い続け、米本国ではあり得ない深夜、未明離陸を繰り返す。基地周辺住民を苦しめるご都合主義そのものの日米の二重基準がまかり通っている。

なぜ日本は協定改定を求めないのか。海外との落差

在日米軍の基地自由使用が際立つが、主権意識の強いドイツやイタリアは地位協定を何度も改定し、米軍基地の様相が大きく異なる。イタリアでは、駐留米軍はイタリア軍の統括下にある。基地管理者をイタリア軍の司令官が担い、米伊両政府が基地使用協定を締結し、米軍の訓練に歯止めを掛ける。1日の米軍機離着陸回数まで規制する。夏場の昼寝時間帯(午後1時から4時ごろ)には、眠りを突き破る米軍機を飛ばさない。飛行計画をイタリア軍が審査し、住民生活への影響を厳しくチェックし、訓練に許可を与える仕組みが確立している。

基地内で環境汚染が明らかになった場合は、自治体の職員が基地内に立ち入り調査し、迅速な汚染除去を促す。市民優先の基地運用が明快だ。ドイツやイタリアをはじめとする北大西洋条約機構(NATO)は、各国ごとに基地使用の取り決めがある。駐留する外国軍の地位を定めた協定と、無原則な基地運用に歯止めをかける基地使用協定が二本柱となっており、日本との落差はあまりに大きい。

お隣の韓国では、2002年の韓米地位協定の付属文書で、返還される米軍基地で汚染が見つかった場合、米軍の責任が確認されれば米軍側が浄化費用を負担することに合意した。日本では、日米地位協定が、返還軍用地の原状回復義務を米軍に負わさず、スムーズな跡利用に不可欠な返還前の基地内立ち入り調査さえ米軍側が拒否した例は10回以上ある。辺野古新基地建設で、サンゴ破壊をめぐる県の立ち入りをずっと拒み続けたのも記憶に新しい。

〝先進協定〞があだになることも

返還される米軍基地の跡地利用を円滑に進めるためには、返還前から埋蔵文化財の調査や環境汚染の有無を丹念に調べることが不可欠だ。日本政府が「基地返還に向けた大きな前進」と胸を張った地位協定の運用改善が、あだとなった例もある。

日米両政府が2015年9月に締結した環境補足協定が障壁となり、沖縄県教育委員会が米軍普天間飛行場で予定する埋蔵文化財発掘調査を米軍が拒否している。環境補足協定は、返還を見据えた調査開始時期を「返還日の7カ月前を超えない範囲」と規定している。沖縄県は「少なくとも返還3年前からの立ち入り調査」を求めてきた。日本政府は県の要求を基に米側と協議したとしているが、実効性のない協定を締結し、県の調査が進まない事態を招いた責任は重い。

人権に差はない。沖縄の忍従はとうに限界を超えている

ウチナーンチュ(沖縄人)と米本国や欧州、本土の日本国民の命の重さ、人権は変わらないはずだ。「沖縄人の人権は半分でいい」という理屈は成り立たない。沖縄では、日米政府による二重基準がまかり通り、基地周辺住民を苦しめ続ける「構造的差別」が息づく。米軍の身勝手な基地運用に歯止めを掛けることをためらい、米国にひれ伏す「対米追従外交」が、米軍の沖縄への居座りやすさを補強している。

沖縄からみれば、日本はほんとうに主権国家なのかという疑念を抱かざるを得ない。住民生活を守る観点から排他的管理権を見直し、米軍基地の運用を規制する日米地位協定の改定を実現しない限り、基地被害が拡大再生産する悪循環は断ち切れない。沖縄の忍従はとうに限界を超えている。

地位協定の弊害は全国民に基地被害として及びかねず、急いで克服せねばならない課題である。安倍政権の無作為を放任し、沖縄の過重負担を放置していいのか。それは全ての国民に突き付けられた、民主主義の成熟度を鋭く問う重い課題である。