
美しくてカラフルなコスメ、香りのよいシャンプー、肌なじみのよい化粧水……。世の中はあらゆる化粧品で溢れているが、その商品の裏側では、多くの動物たちが強い苦痛を伴う実験に使われ続けてきた。しかしいま、EUを始めとする多くの地域で、化粧品のための動物実験が次々と廃止されている。一方で日本は、実験を規制するための審議すら、始められていない。
文/丸井春(本誌編集長)
話/東さちこ、山﨑佐季子(共にヒューメイン・ソサイエティー・インターナショナル)、亀倉弘美(動物実験の廃止を求める会)、小山大作、丸田千果(共にラッシュジャパン)
写真/ブライアン・ガン(IAAPEA)、People for the Ethical Treatment of Animals(PETA)、ラッシュジャパン

その化粧品、どうやって作られる?
私はいま、動物実験がされているかどうか分からない化粧品やシャンプーを使っていない。10年ほど前、町を歩いていた時、首を板のようなもので固定され、目を真っ赤に腫らしたウサギがずらっと並んでいる写真パネル(ちょうど表紙のような)を持ち「化粧品の動物実験廃止を!」と声をあげている人たちがいた。化粧品の動物実験でウサギ? と思い、調べ、化粧品を作るためには、さまざまな動物で実験がされていることを知った。私が見た、板に首を挟まれているウサギは、目に薬品を入れられ、その毒性や安全性をみるために使われる(ドレイズ試験という)実験動物だった。その事実がショックで、それがきっかけで、自分で使うものを選択するようになった。
とはいえ、私たちにとって自分たちの身体に使ったり入れたりする物の安全を求めることは「当たり前」だ。化粧品だけでなく、あらゆる医薬品や薬品、スーパーに並んでいる化学物質や添加物を使った多くの食品が、動物を使った安全性試験を経て市場に出ている。ウサギ、モルモット、ネズミ、サル、犬……。様々な動物が、人間の「安全」のために日々実験に使われ、“廃棄”されていく。目には見えにくいが、それが現実だ。
しかし、こと化粧品に限っては「美しさのための犠牲はいらない」という声がここ30年で世界的に大きくなり、それはうねりとなり、化粧品のために動物実験をしないという選択は、今やもう世界的なスタンダードになりつつある。
例えば、EU加盟国28か国では2013年3月で化粧品のための動物実験、さらには動物実験をした成分を含んだ化粧品の販売や輸入が法律で禁止された。インド、イスラエルでも同様に禁止されている。ニュージーランドでは輸入規制まではいかないが、化粧品のための動物実験禁止。韓国、トルコでは部分的に禁止。その他、アルゼンチンやオーストラリア、ブラジル、カナダ、アメリカ、台湾など多くの国や地域で、実験を禁止するための法案審議が次々と進められている(2016年8月時点)。
巨大なマーケットを持つEUでの全廃は確実に世界のコスメ業界、さらには政府や法を動かし、各国で禁止に向けた審議が重ねられている。先進国ではここ、日本を除いて。

EUでの全廃と日本の場合
大きなきっかけは1980年、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された意見広告だった。その広告は、動物福祉運動の活動家だったアメリカのヘンリー・スピラさんという男性が、当時動物実験をしていた大手化粧品会社を名指しし、実験の廃止を求めて出したものだったが、紙面に印刷されたウサギの写真とメッセージ(小さい写真)は、化粧品のために動物実験がなされている事実を世に伝え、それは瞬く間に全米に広がり、実際に多くの企業が実験廃止に追い込まれた。それだけでなく、動物を用いない代替法の研究が進められるための大きな一歩にもなった。その動きはすぐにヨーロッパにも広がり、1993年、EUはEU域内での化粧品の動物実験を全廃することを決定した。そして、さまざまな段階を経て2013年、いよいよ、例外なしでの全廃が実現されたのだ。
では日本ではどうか。世界中で「Be Cruelty-Free思いやりのある美しさ」キャンペーンを展開している世界最大規模の動物福祉団体ヒューメイン・ソサイエティー・インターナショナル(HSI)の日本コミュニケーション・コンサルタントの山﨑佐季子さんと、同団体の日本における政策提言コンサルタントである東さちこさんによると、日本の場合には「動物実験をするかしないか、動物実験を伴う原料を使用するかしないかの判断が各企業にゆだねられていることが、動物実験を〝野放し〟にしている」と指摘する。
まず、日本でいう「化粧品」と、EUでいう「化粧品」の定義は少し異なる。日本での「化粧品」とは、ファンデーションや口紅、シャンプーやリンス、化粧水など、身体に対して使用されるもので人体に対する作用が緩和なものをいい、一方で、美白用品やUVカット用品、育毛剤、薬用歯磨きなど効能を謳うものは「薬用化粧品」と呼ばれ、それは「医薬部外品」に分類され、差別化されている。しかし、EUでは「化粧品」といえば、日本でいう「化粧品」と「薬用化粧品」の両方を指す。
実は日本でも、いわゆる「化粧品」を製造・販売する場合には、動物実験はとくに求められていない。2001年の旧薬事法改正までは、過去に日本で使われたことのない成分を使う場合には動物実験が義務づけられてきたが、改正を機に、その判断は各企業にゆだねられることになったからだ。EUの動物実験全廃以降、日本でも動物実験をしないという選択にシフトした化粧品会社は多い。しかし一方で、義務付けされていないにも関わらず、いまだに「安全性を確保するため」として、長年続けてきた実験を続けているブランドも根強く存在するという。自社では動物実験をしていなくても、原料調達先の企業が実験を実施しているケースもある。さらに、中国を主なマーケットに入れている企業では、中国国内で流通する化粧品は動物実験を避けられないため、「だから動物実験が必要だ」と主張するケースもあるという。
また、日本では、動物実験が明確に義務づけられている分野もある。厚労省は、化粧品に使う配合成分に関する具体的な規制「化粧品基準」を設け、公表している。その基準リストに新たな原料を加えたい場合には、その要請時に、12種類の毒性試験をしなければならないし、そのうちの11の試験で動物実験が求められている。薬用化粧品の場合にも、新しい添加物を配合する商品を製造販売する場合には、動物実験が必要だ。
化粧品や薬用化粧品の原料としてすでに安全性が確認され、広く世界で使用されているものは膨大に存在する。にも関わらず、企業は新たな成分の開発を進める。開発には莫大な予算と多くの実験動物が必要だが、商品になれば、その利益もまた大きいからだ。

動物実験、何がされている?
化粧品のための動物実験ではどのようなことがおこなわれているのか。HSIによると、代表的なものは、皮膚のアレルギー反応や、皮膚への刺激・損傷を試験するための試験だという。これは、モルモットやマウス、ウサギの毛を剃り、皮膚の表面に試薬を塗ったり、皮膚の下に注入したりしてその反応を試験するもの。美白、UVカットといった薬用化粧品のために使われることが多い。
その他、物質の毒性を調べるために、どれだけの量の物質を口から投与すると動物が一定の期間で死亡するかを調べる試験もあるし、口からではなく、皮膚に塗ってその毒性をみる試験もある。口から与える場合、注射器の先についた管を使って喉から胃まで試験物質を入れられたラットなどは、痙攣や発作、口からの出血、内臓の破裂などを起こすこともあるという。
シャンプーの影響など、目への刺激や損傷をみるための実験では、薬品を、首を固定したウサギの目に点眼するドレイズ法が広く採用されている。この試験は、目の充血や出血、失明などさまざまな症状が現れ、ウサギはあまりの痛さに暴れたり死んだりすることもあることから、近年では麻酔の使用が義務付けられるなど試験法の「改善」も行われているというが、前述の化粧品基準のリストに新たに追加申請する場合には、この試験が求められている。
では、日本では年間にどのぐらいの動物が使われ、殺されているのか。HSIの東さんによると、「その数は正直、よくわからないというのが実態」という。なぜか。化粧品だけでなくさまざまな分野の動物実験において、日本では、何の動物をどのぐらい使ったのかというような報告が義務付けられているわけではないからだという。ただ、東さんは「化粧品と医薬部外品で仮に年間20件の申請(新成分を使う場合の申請)が国に対してあると想定すると、1物質に4000匹で計算して、年間約8万匹程度ではないか」と推測している。
ちなみに、動物実験の中には1930年代に確立された方法もあり、科学的な信頼性を疑問視する声があるのも事実だ。それに、人間と動物では、化学物質に対する感度も異なり、動物実験では人間へのリスクを過小評価してしまう恐れも指摘されている。
動物を用いない試験法

そもそも今はもう1930年代ではないし、近年のバイオテクノロジーはすさまじい進化を遂げている。では、動物実験に変わる代替法にはどんなものがあるのだろうか。
まず、動物実験の代替法とは、国際標準とされて久しい「(動物実験の)3Rの原則」にのっとって開発、実施されている実験のことをいう。3Rとは、実験動物を削減すること(Reduction)、実験動物の苦痛を軽減すること(Refinement)、動物を使わない実験に置き換えること(Replacement)の頭文字をとったもの。代替法というと私たちは「完全に動物実験をしない」と思いがちだが、数の削減や苦痛の軽減につながるものも「代替法」と呼ばれている。つまり本当の意味での動物実験代替法とは、このうちのReplacementを指し、それにはin vitro(イン・ヴィトロ=試験管の中でおこなう試験の意味)や、in silico(イン・シリコ=コンピュータシミュレーションによる毒性評価)などの方法がある。
1986年に日本で誕生し、動物実験の廃止を求める活動や代替法の普及啓発活動などを続けている「NPO法人動物実験の廃止を求める会(JAVA)」の理事、亀倉弘美さんによると、「実は、化粧品の動物実験のすべての項目で、動物を使わない代替法が確立しているわけではない」のだという。「しかし、代替法があるなしに関わらず、倫理的に判断してもういい加減、化粧品の動物実験は止めましょうというのがEUの心意気だったんです」
動物実験に代わるひとつの代替法が広く利用されるまでには、研究開発、その研究が妥当であるかという評価、第三者機関による査定、行政の受け入れなどいくつもの段階を経て、場合によっては10年近くかかることもある。とはいえ、動物実験に反対する世論に後押しされ、世界中でその研究は日々着実に進められている。亀倉さんによると、「化粧品の動物実験には化学物質の毒性を調べる試験と有効性を調べる試験があるが、毒性試験では人の皮膚の培養細胞などを利用した試験法の開発が次々に進められている」と言う。
ウサギを使っておこなわれる皮膚試験の代替法としては、ヒトの皮膚細胞を三次元で培養した人工皮膚モデルが開発されて広く実用化されているし、モルモットを使った光毒性試験(化学物質が紫外線を吸収した時に皮膚にダメージを与えるかみる試験)の代替法としては、マウス由来の培養細胞を複数の穴が空いたプレートに入れ、それぞれの穴に量を変えた試験物質を注入、一定時間後に生き残った細胞数を測定することで毒性を調べる方法が実用化されている。

悪名高いウサギのドレイズ試験の代替法も、ヒトの角膜モデルを用いた試験法などが開発され、第三者評価の最中、もしくはテストガイドライン化を待っているし、完全に動物を使わないとまではいかないが、食用として殺された牛から摘出した角膜を用いるBCOP法などが使用可能になっている。
「動物実験をすれば、実験動物を仕入れ、維持するためのコストや人件費がかかるし、そもそも動物と人間の間にある『種差』の問題がある。一方で代替法は、試験管の中でおこなう実験のため、経費も時間も圧倒的に削除できるし、そもそもヒトの細胞を使ってヒトへの安全性を調べることができます」と亀倉さん。とはいえ、日本では、欧米に比べると代替法の研究開発に対する予算も研究者も少ないのが現状だという。
さて、動物実験を止めるということは当然、これまで誰も使ったことのない新規成分を配合する化粧品は作らない、ということを意味する。デメリットや反対の声はないのか。亀倉さんは、「日本では、医薬部外品だと商品の効能が謳えますから、化粧品業界は(動物実験をして新しい成分を開発することを)死守したいんです。だから、禁止にしたら経済的に損失だ、企業のイノベーションが後退するという声もあります。でも、それらの商品はEUや多くの世界で流通できないし、世界的な動物実験反対の流れの中で、動物実験をしていることで企業イメージを悪くすることの方が損失になるのではないでしょうか。イノベーションというなら、既存の成分だけでも、動物実験ではない技術を駆使して使用感を変えるなど、消費者へのアピールの仕方はたくさんあるはずです」と話す。
実際、化粧品大手の資生堂は2013年2月に化粧品と医薬部外品のための動物実験廃止を決定したが、2008年にJAVAが資生堂に動物実験の意向を問う公開質問状を出した際の回答は「廃止の意向はない」というものだった。その後、JAVA主催による署名集めや街宣での反対運動などが一気に広がるにつれ、2010年、資生堂は公式サイトで「廃止を目指す」と宣言。その後も動物実験を止めてほしいという声はSNSでどんどん拡散し、2011年、いよいよ自社施設での動物実験を終了、2013年の動物実験禁止決定を迎えた。最大手のこの決断は、うねりを生んだ。その後、コーセー、ポーラ、花王などの大手がこの決断に続き、頑固に動物実験を正当化し続けてきたロート製薬もことし1月、開発中だった成分に対するものも含め、化粧品の動物実験を廃止した。オンライン署名が開始されてわずか1週間後のことだった。

動物実験をしないという選択
「人間の肌に使うものについての安全性は、動物実験によって確証されることはない。というのが、創立者マーク・コンスタンティンがずっと言い続けてきたことなんです」と話すのは、1995年にイギリスで誕生し、今や49か国で約930店舗(日本では約130店舗)を展開するコスメブランド「LUSH(ラッシュ)」のブランドコミュニケーション担当の丸田千果さん。
スキンケア、ヘアケア、バスアイテム、メイク用品など、LUSHが展開する多彩な商品は、できる限りオーガニックの野菜や果物、天然のミネラルなどをふんだんに原材料に使い「キッチン」と呼ばれる自社工場(神奈川県)で「シェフ」がひとつひとつ手作りする。「愛ラブユー」、「恋する十字架」「ドリームタイム」など、ひとつひとつに付けられた商品名はユニークで、愛らしい。
PRマネージャーの小山大作さんによると、「保存料や一部の着色料などに、必要最小限の合成物質を使うこともあります。例えば重曹やクエン酸などですが、当然ながらそれらは人間の肌で安全性が確認されたもののみ」だという。商品は新商品の完成時に、いろいろな国のいろいろな人種の人間の肌で、化粧品化学者の立ち会いのもと、安全性のテストをおこなっている。
「自分たちのビジネスを通じて、人も動物も自然環境もハッピーに共存できる社会を実現できれば」と丸田さん。商品の原材料だけでなく、包装紙やパッケージなども、それが社会や地球環境に与える影響を徹底的に考慮し、「自分たちが何を使うか」「何を使わないか」選択する。
原材料は、バイヤーと呼ばれる「調達チーム」が世界中を飛び回り、日々探している。そこで大切にしているのは、調達先のコミュニティや環境に対して、きちんと責任を持つということ。どこで誰がどのような環境で育てているのか、児童労働や強制労働はないかなどをチェックし、もしもあれば改善方法も含めて、その地と共存できるような協力体勢を模索する。

例えば、多くの商品に使うカカオバターは、紛争が続くコロンビアで非暴力を誓うサン・ホセ・デ・アパルタドのピースコミュニティから調達しており、カカオを育てるときに使う工具などをサポートしながら、できたカカオを購入している。また、いくつかの商品の原料になっているアロエの葉は、ケニアの6つのマサイ女性グループから購入しているが、アロエが野生の象やラクダに踏みにじられたり食べられてしまったりして困っていることを聞き、LUSHは柵を設置し、農業機器への投資にも協力している。マッサージバー(固形のマッサージオイル)のひとつには、コロンビアのカカオバターに加え、イスラエル北部のガリラヤ地方にあるシンディアナ協同組合からフェアトレードで購入するエキストラバージンオリーブオイルを使っている。「シンディアナでは、ユダヤ人とアラブ人が一緒に顔を見て、一緒に生産し、一緒に収入を得ているんです」と丸田さん。このマッサージバーには「ピース」という名前が付けられた。
2012年、LUSHは動物実験のない世界を目指してラッシュ・プライズを創設。代替法の研究開発や普及トレーニング、世論喚起や法規制のための活動に従事する個人や団体に賞金を授与する世界最大規模の賞で、2014年度までに22か国50の個人や団体、機関に総額100万ポンド(約1億8000万円)を授与している。
「日本でも大手企業が動物実験を廃止しているのはとてもいいことだと思います。しかし、法的な規制がないということは、本当の意味で撤廃されている、全廃が実現するとは言い切れない状況だと思います」と小山さん。昨年9月、LUSHでは国内111店舗で6303人に対して「動物実験によって化粧品の安全性は確認できると思いますか」というアンケートをとった。結果は、94パーセントの人が「いや、確かめられない」と回答したという。これらの回答は今後、代替法の研究者らに届けたいという。
日本でも、他国のような法規制の必要性が指摘されている今、国を動かすのは、やはり人々の声だ。化粧品メーカーに動物実験をしているかどうか問い合わせの電話をする、動物実験をしないように伝える、その内容を拡散する。そういった小さな活動が、日本でも「美しさのための犠牲をなくす」大きなステップになることは間違いない。